2012年4月27日金曜日

「MANO」17号

「MANO」17号が発行され、少しずつ反響も出はじめている。
年に1回しか発行されない川柳誌であるが、少数ではあっても読者の存在は同人各自にとって励みになる。特に今回は加藤久子と佐藤みさ子が震災の影響を受け、石部明が体調不良で不参加など、発行に至るまでの困難があったのでなおさらである。
巻頭は加藤久子の「空をひっぱる」20句。

結論は水を含んで落ちてくる   加藤久子   
夜の秋セロリの如き立ち直り
蝋燭のほのお単純に単純に
しずしずと運ばれてゆく洗濯機
綿虫も前頭葉もうす暗い          

東日本大震災から一年の時間の経過のなかで、言葉は現実の衝撃力を受け止めながら、ゆっくりと熟してゆく。
「MANO」17号に収録されている久子のエッセイを読むと、「言葉を失った2011年3月11日。書くことはいっぱいあるはずなのに、何を言っても何を書いても、みんなウソになる。言葉の無力を思い知らされた」という状態から「書くことでこの混乱を乗り越えられないだろうかという、微かな望みに縋って書いている」という状態に至る、その心の動きがよくわかる。加藤久子は震災を内面的に深く受け止め言語化しようとしているのだ。

関係をらくらく超えるあかんぼう  加藤久子
団欒を組み立てている抜歯跡
白菜を抱えて渡ってきた銀河
ももいろの目蓋に当たる落下物
ぎゅうっと空をひっぱっている蛹

時間が熟するということはあるはずだ。けれども、川柳の場合、時間によって深められるのではなくて、表層的な把握のままに時間が経過するうちに事態が忘却されてしまうことの方が多い。久子の句はそのような川柳の限界を越える、ひとつの可能性を示すものと私は受け止めている。
「ぎゅうっと」の句について、樋口由紀子は「金曜日の川柳」(ウェッブマガジン「ウラハイ」4月20日)で「あんなに小さな蛹があんなに大きな空を支えにして生きていこうとしている。それも能動的にひっぱっているように思った。蛹に希望をもらったのだろう。それよりもそのように感じた自分にほっとしているのかもしれない」と述べている。久子は「空をひっぱっている蛹」というイメージを手に入れた。しかも「ぎゅうっと」というところに川柳ならではの味がある。
続いて、佐藤みさ子の20句には「居る」という動詞のタイトルが付けられている。

祈るしかないのだ水を注ぎこむ     佐藤みさ子
父が聞くこれ朝めしか夕めしか
ハハよハハよそろそろハハを切り離す
まもなくふくしまと天から声が降る
思いやることの間違い同居する

佐藤みさ子のエッセイを読むと句の背景が何となくわかるが、彼女の句は現実性を失わず、かつ批評的である。ここにも震災のひとつの受け止め方がある。

安全と信じる人は手を挙げよ      佐藤みさ子
かなしくてうれしくてバタバタす
育つ速度も老いる速度も見てるだけ
ナス植えたトマトを植えた家を出た
朝陽浴びている山肌がわたしたち

小野裕三はブログ「関心空間」で「そう言えば3.11以降の川柳は、どうなっていたのだろう」という観点から佐藤みさ子の句を取り上げている。みさ子の作品が震災や原発事故についてのナマの事実の次元にとどまらず、想像力できちんと消化している点を評価している。震災後の生活のなかにも人間の実存は露呈する。みさ子はそれをきちんと見すえながら、その批評眼は外向的である。珍しいことに、佐藤みさ子は怒っているのだ。

あと、小池正博の評論「筒井祥文における虚と実」で取り上げられている句について付言しておきたい。

かっぽれを踊る地雷をよけながら   筒井祥文

祥文のこの句は、現在の時点で読み直すと、さまざまなシチュエーションのもとに読むことができる。震災は現代日本がいかに脆弱な基盤の上に立っているかを暴露してしまった。それまで隠蔽されていたものが白日のもとに晒されたのだ。これまで他人ごとに感じられた祥文作品の「地雷」が今では生なましい意味をもってくる。同時に、地雷の上で踊る人間の精神の状況がくっきりと立ち上がってくる。作品は発表されたあとも状況や読者によって育ってゆくものであり、そういう作品こそが読みつがれてゆくことになるのだろう。

先週も少し触れたが、樋口由紀子の「飯島晴子と川柳」は、「BSfield」22号に掲載された石部明の「何かが起きる交差点」とシンクロしている。樋口と石部はともに飯島晴子の文章に触発されている。
ここでは樋口が取り上げている飯島の評論「言葉の現れるとき」について見てみよう。飯島は最初、俳句というものを次のように考えて作句していたという。

「眼前にある実物をよく目で見て、これは赤いとか、丸いとか、ああリンゴであるとか、とにかくなるべく実物に添って心をはたらかしてしらべる。そして、知ったこと、感じたことを他人に伝えるために、自分の内部ではなく、公の集会場の備えてある言葉の一覧表、とでもいうような種類の言葉の中から言葉を選んで使う、というやり方である。対象となる事物が、観念や情感に代っても事情は同じである」

ところが、飯島はやがて次のような事態に気づくようになってゆく。

「それが俳句をつくる作業のなかで、言葉を扱っていていつからともなく、言葉というもののはたらきの不思議さに気がついた。言葉の偶然の組合せから、言葉の伝える意味以外の思いがけないものが顕ちのぼったり、顕ちのぼりかけたりすることを体験した。そこに顕ってくれるのは、私から少しずれた私であり、私の予定出来ない、私の未見の世界であった」

この二つの書き方から樋口がつかみとったものは、〈「公の集会場の備えてある言葉の一覧表」から「言葉というもののはたらきの不思議」へ〉という道筋であり、現代川柳の先端部分も確実にそのような方向に向かっている。思ったことを言葉によって伝達するというのではない。作品はそのような二段階の成立過程に分けられはしないのである。
既知のことを表現するのにふさわしい適切な言葉を見つけたからといって、それはおもしろいだろうか。むしろ表現者は自分が表現したいことが明確には分からないから書くのではないか。言葉の力によって未知の私や世界が立ち上がってくることがあるからこそ、俳句や川柳を書くのではないだろうか。
いま飯島の俳句観は、現代俳句の世界でどのように受け継がれているのだろう。知りたいところだ。

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